スタン・ゲッツを聴く

スタン・ゲッツ ファンが勝手なことをいっているブログです。

Communications 72

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とにかくすごいアルバム。言い尽くせない。ジャケットはよく見るとピアニストとサックス奏者ということがわかるけど、なんなのかな、芸術的というか。ミシェル・ルグランのオーケストラということで何かを期待すると想像を絶するほど裏切られます。

まずアルバム冒頭、ゲッツのアドリブフレーズ(だと思われる)に、微妙にユニゾンシャバダバスキャットがからみつく。多重録音なんでしょうね。とにかくこれが衝撃。アップテンポで、確かに技術的にはすごい。全編にコーラス隊が参加しており、あの迷作「Voices」を彷彿させる。

そして、私がトンデモゲッツのナンバーワンに推す、「Back To Bach」。日本の雑種混合読みなら「バック・トゥ・バッハ」、英語読みなら「バック・トゥ・バック」ですね。ネスカフェのテーマ「目覚め」のような、でもバッハ風(?)メロディのダバダバコーラスとゲッツが数小節ずつ前に出たり引っ込んだりで交代していくテイクで、ある意味ゲッツの新しい魅力を引き出しているといえるのか・・・楽しんで聴けます。しかし、これが「Captain Marvel」と同じ1972年に作られたとは信じられない。あ、すみません、正確には1971年の録音ですが、ヴァーヴのお家芸「録音年とタイトルは関係ない」が発動されていますので。「Captain Marvel」の約4か月前の録音です。

トンデモばかりでなく、例えば「Moods Of A Wanderer」は映画音楽そのままのような出来栄えだし、ラスト「Bonjour Tristesse」(悲しみよこんにちは)は憂鬱な思いをロックビートに乗せた名曲。さすがルグラン。とにかく飽きずに聴けるアルバムであることは確か。こんなアルバムなのに他のオーケストラものよりジャズ要素が強いのはなぜ?

それと、このアルバムはゲッツに珍しく変拍子をやっている。「Nursery Rhythmes For All God's Children」は4分の3と8分の3の組み合わせを基本によくわからないくらい目まぐるしく変わるし、「Soul Dance」は4分の3と4分の5の組み合わせ、「Moods Of A Wanderer」は4分の4で始まってソロは4分の3だったり。

とにかく、これはルグランのすごさを証明するアルバム。確かに時代による古臭さ、ダサさはあるのですが、ルグランがいかに才能あふれる音楽家か、これを聴けばわかるでしょう。管、弦、そして声を縦横無尽に活用したルグランのオーケストレーションがすごい。そのルグランがゲッツにインスピレーションを得て作ったアルバムです。

ちなみに、この「世紀のトンデモ盤」、プロデューサーはゲッツ本人らしいです。

 

Communications 72

Communications 72

 

Mad About The Boy /Cybill Shepherd

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女優シビル・シェパードのボーカルアルバムだけど、とことんゲッツをフィーチャーしている。「ゲッツは歌伴がうまい」といわれているけど、間奏でのソロ以外で実際にゲッツの歌伴をあげられる人は少なかったりする。アストラッド・ジルベルトとの共演もオブリではなく間奏のみというのが多い。でも、このシビルのアルバムでは全編にわたってゲッツが歌伴を繰り広げる。

選曲がまた良い。アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「Triste」やスタンダードナンバーの「I Can't Get Started」「I'm Old Fashioned」「It Never Entered My Mind」、映画「シェルブールの雨傘」で歌われていた、知る人ぞ知る(なのかな)ミシェル・ルグランの「I'm Falling In Love Again」など。個人的には好きではない「This Masquerade」も人気曲、これをゲッツがイントロから吹くのだからレアである。

このアルバムは、アレンジがとにかく良い。なんとオスカル・カストロ・ネヴィス。「オスカー」ではないですよ。冒頭「Triste」のイントロからしてキャッチ―、1コーラス歌を入れたらあとはゲッツの独壇場という構成。「I Can't Get Started」は、ヴァースを歌ったあとにコーラスがゲッツによるインスト、そしてかっこいいエンディング。「Speak Low」でリズムが変わるところもゾクッとするし、「I'm Falling In Love Again」で歌声を伸ばしたところにゲッツが重なる瞬間とか、とにかく歌とゲッツのからみがすばらしい。

 

ついでにいうと、「This masquerade」も収録されています。ゲッツがこれを演奏するとは。なんとこのアルバムの録音はジョージ・ベンソンの同曲の録音と同じ年なんですよ。

 

Mad About the Boy
Mad About the Boy
 

Live At Sir Morgan's Cove 1973

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1973年ライブの発掘音源。メンバーはアルバート・デイリー、デイブ・ホランド、ビリー・ハート。

発掘ものにありがちな、録音バランスのわるさが際立つ。それでもステレオなので、不思議な感じ。ちなみに録音バランスがわるいアルバムは大きな音量で聴くとけっこういいです。

選曲はチック・コリアとの「Captain Marvel」からのものが3つ、同じくコリアの「Litha」もあり、スタンダードも散りばめている。セロニアス・モンクの「Panonica」を(変則サイズで)やっているのが意外。この曲、コード進行が「理論上は基本的なのに個性的」なのでやりづらいんですよね。

基本的に、音質とは逆に演奏内容はかなりよい。ホランドのベースアプローチがワンパターンなのが少し気になるけど、それとは逆にハートのドラミングは多彩で縛られていない。特に1曲目の「On Green Dolphin Street」は浮遊感が漂う、いかにもこの当時のジャズ。「Tangerine」も同様にスタンダードにフレッシュな息吹を与えている。それからタイトル不明で作曲者クレジットもない「Original Ballad」も、不思議な曲想なのにゲッツが難なくこなす。

ホランドのオリジナル曲「The Oracle」は、ホランド自身は1986年まで録音しなかった(と英文ライナーに書いてある)そうで、これはレアな演奏でしょう。4分の6拍子の曲自体がハードで、ゲッツのプレイもかなりエキサイティング。3分10秒あたりや4分5秒あたりの攻め方はゲッツらしくない、そこがすごくおもしろい。作曲者ホランド自身のベースソロも素晴らしい。

「what Is This Thing Called Love?」は、そういえば珍しく1960年代から1990年代までやり続けた曲。やはりメンバーが違うと全然変わりますね。ここでの演奏は派手さを少し抑制しているような印象です。

ただ、最悪なのはいつものごとく名曲のはずの「La Fiesta」。リズムセクションの全員が曲を理解していない。まったく曲の良さを引き出さない演奏、ゲッツも単純ながら難しい曲であるため、いまいち乗り切れない。そもそも初演スタジオ録音以外はパッとしないんだけど。

特にひどいのがデイリー。イントロはなんだかハネているし、自分のソロになったところで曲をがらっと変えるけど、かっこよくもないし何がやりたいのかわからない。ベースとドラムとも意思疎通ができていないというかできていてもうまくいっていないというか。60年代のマイルス・デイビスクインテットみたいなことをやりたかったのか、それにしても全然なっていない。このアルバムに限らず、残念ながらデイリーの演奏には良いと思えるものもあるけど不満が募るものも多い。ゲッツは常に良いサイドマンをみつけてきたと言われているけど、ホレス・シルバーチック・コリア、ジム・マックニーリー、ケニー・バロンは良くてもデイリーはまだまだというところ。それでも良いときがあるという(このアルバムの「Lush Life」はけっこういい)ことでアンディ・ラヴァーンよりはいいけど。

7分超のインタビューを挟んで、現行CDではボーナストラックとして1971年のハノーファーにおけるドイツのオーケストラとの共演が4曲収録されています。当時ドイツツアーだったのか、この3日前にもケルンでのライブがありその模様は2曲だけですが「Jazz Collector Edition」に収録されています。このオーケストラのリーダー、ドイツ人なのでしょうけどドイツ語の名前は読めない…ドイツ語の読み方だからクルト・エデルハーゲンでいいの?

Live at Sir Morgan's Cove 1973

Live at Sir Morgan's Cove 1973