スタン・ゲッツを聴く

スタン・ゲッツ ファンが勝手なことをいっているブログです。

Marrakesh Express

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ジャズ批評119号の記事で酷評されていたアルバム。結論から言うと、そのとおり、どころかそれ以下です。ある意味「世紀の駄盤」。

 

まずジャケット。この不機嫌な表情、なぜこの写真にしたのでしょう。このときのゲッツは41歳、これまた老けた写真を選ばなくてもよかったでしょうし。

ジャズ批評に書いてあるとおり、プレイは覇気がありません。いつものゲッツ節を4割カットしたような感じです。実はこの録音のとき、ゲッツは薬の副作用で最悪の気分だったとのこと。伝記には「あれはこれまでに作った最悪のレコードだ」という本人の証言が書かれています。

また、オーケストラがうるさすぎて、ゲッツの音が消されてしまう。管だけでなくストリングスですらゲッツの音量より大きいですからね。そして選曲は笑っちゃうくらい。LPによって順序が違うようですが、バート・バカラックの「Raindrops Keep Falling On My Head(雨にぬれても)」「I'll Never Fall In Love Again」(カーペンターズのあれです)「The April Fools」。どれも代表曲ですね。これら3曲はほとんどソロなし、ゲッツに単にテーマを吹かせるだけ。ゲッツがカーペンターズをアドリブなしにたらたらと演奏するんですよ?普通にテーマを吹くだけでもフェイクを入れまくる、あのゲッツがワンホーンなのに楽譜をそのままなぞるようなことをするとは(アーティキュレーション、ニュアンスは当然ゲッツのものですけど)。そもそも「Raindrops Keep Falling On My Head」なんて、管で演奏すると間抜けになるということは想像に難くない。

それからとにかくダサい、ポール・サイモンの「Cecilia」。信じられないくらいかっこわるい。確かこの曲はオリジナル録音もこの時期だったと思います。売れ線を狙ったのでしょうか。ビートルズの「Because」もまったくダメ。むしろ、ジャズ批評でけなされていた「Love Theme From Romeo & Juliet」なんかはゲッツ向きのいい選曲だと思いましたけど。

だいいち、このアルバム、ターゲットは誰なのでしょう。ジャズファンにはまったく受けないナンパ路線で、ゲッツのサックスはポップス向けでもない。サウンド自体はロックでもない。実はプロデューサーはジョージ・マーティン。はい、またもやです。この2年後に録音される「Dynasty」も彼がプロデューサーでしたね。彼がロックだけしか理解できず、少なくともジャズのプロデュースはまったくできないということがこれら2枚で如実に証明されました。おそらく、イージーリスニングのアルバムを作ろうとして、そういうことに適していないゲッツを連れてきて、それでいて「この曲はアドリブは禁止」とか言ったのでしょうね。

しかし、悪いことばかり上げましたが、だからこそマニアにはおもしろい。「こんな駄盤もあるんだよ」と笑いながら聴けます。「Plays Music From The Soundtrack Of Mickey One」といい勝負です。いや、こっちの方が聴かせるアルバムとして最初から作っているだけ、マシかも。サントラ盤は観賞用ではありませんからね。

 

2023年追記。内容的には疑問符がつくこのアルバムですが、とはいえ収録曲が珍しいというのもあり聴きたい人も多いのか、それから「そんなにダメダメというならむしろ聴いてみたい」という人が多いのか、どういう理由か知りませんが、2023年10月にアナログLP盤ではありますが復刻されました。HMVのサイトを見ると、なんと6千円!「Verve by Request」とあります。やはり要望があったみたい。もとはMGMからでしたがVerveに権利譲渡されたのかな?